「小早川秀秋」が西軍を裏切った理由とは?わかりやすい解説とクイズ問題


小早川秀秋が関ヶ原の戦いで西軍から東軍へ寝返った背景には、小早川秀秋の過去、心理状態、そして両軍からの誘いが深く関係しています。
生まれながらにして豊臣秀吉の養子となり、秀吉からの溺愛を受けていた小早川秀秋ですが、秀吉の実子・豊臣秀頼の誕生により、自身の地位を失います。
豊臣秀吉からの愛情の喪失と養子縁組の解消は、小早川秀秋にとって大きな精神的打撃となり、これが後の裏切りに繋がる要因となったと考えられます。
さらに、東軍の徳川家康から、東軍側につくと小早川秀秋に上方(現在の関西地方)に二国を与えると約束され、他にも秀秋の家老(家中をまとめる者)たちにも、良い待遇をすると約束されました。
一方、石田三成から西軍についた時の待遇などの提案もありましたが、徳川家康との約束が具体性と現実味を帯びていたことが、小早川秀秋の心を動かしたと考えられます。
若くして重要な決断を迫られる立場であった小早川秀秋は、気が弱い性格や不安定な面があったと言われています。
自身の未来が予測できない不安や、徳川家康から示された確実な報酬への期待が、最終的に東軍への寝返りを決意させたと考えられます。
小早川秀秋が西軍を裏切った理由クイズ問題
【4択クイズ問題】
Q
小早川秀秋が関ヶ原の戦いで、西軍から東軍に寝返った主な理由は何でしょうか?

- A. 趣味を制限されたため
- B. 徳川家康から上方に二国を与えるという約束をされたため
- C. 個人的な恨みから石田三成を討つため
- D. 武士としての名誉を追求した結果
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【穴埋めクイズ問題】
小早川秀秋が関ヶ原の戦いで西軍を裏切り、東軍に寝返りを決めた背景は、豊臣秀吉の養子としての地位の喪失、徳川家康からの有利な提案、そして秀秋自身の( ① )な心理状態にあります。秀吉の実子・豊臣秀頼の誕生に伴う愛情と地位の喪失は、秀秋に大きな心的打撃を与えました。この出来事は、東軍への寝返りという形で表れます。この出来事に加えて、家康は秀秋に上方に( ② )を与えることを約束し、これが秀秋を東軍へと引きつける大きな動機となりました。一方、石田三成からも報酬は約束されましたが家康の約束と比べて、家康の提案の具体性が秀秋を動かしました。さらに、秀秋の( ③ )性格と、将来に対する不安に対しての家康からの報酬の期待が、西軍を裏切り、東軍への寝返りを後押ししました。
( )のことばを答えてみよう!
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- 「小早川秀秋」は何をした人?
- 「小早川秀秋」の年表(生涯)
- 「小早川秀秋」はどんな人物?
- 「小早川秀秋」と関ヶ原の戦い
- 「小早川秀秋」の家系図(子孫)
- 「小早川秀秋」と豊臣秀吉の関係
- 「小早川秀秋」の家紋
- 「小早川秀秋」の性格
- 「小早川秀秋」が西軍を裏切った理由→今ココ