「黒田官兵衛」のエピソードとは?わかりやすい解説とクイズ問題
黒田官兵衛(黒田孝高)は戦国時代を駆け抜けた武士で、数々のエピソードが残されています。
中国攻めの最中に、摂津の荒木村重の謀反(謀反:君主に背くこと)によって後方に敵を抱え孤立した豊臣秀吉軍の中で、黒田官兵衛は播磨の地で危機に直面します。
有岡城に荒木村重を単身説得に赴いたものの、失敗し、1年間の土牢(土牢:土を掘って作った牢)生活を余儀なくされました。
この間も、播磨の地に残した妻や織田家の人質に差し出された息子の黒田松寿丸(のちの黒田長政)のことを思い続け、織田家を裏切らず、荒木村重に決して寝返りませんでした。
竹中半兵衛とは良きライバルであり、共に豊臣秀吉を支えましたが、その間には半兵衛が人質だった黒田官兵衛の子、黒田松寿丸を救出するなどの協力関係も見られました。
黒田官兵衛は竹中半兵衛が息子を救ってくれたことに感謝し、その気持ちを忘れないようにと竹中家の家紋である石餅を代々使うようになったというエピソードがあります。
また、関ヶ原の戦いでの両家の子どもたちの活躍も、二人の友情が後世まで続くことを示しています。
晩年は、名前を黒田如水と改め、福岡城下で子供たちにお菓子を配るなど、戦いに明け暮れた日々から一転して平和な時を過ごしました。
豊臣秀吉との複雑な関係では、黒田官兵衛が天下を取る可能性を危惧され、豊前に遠ざけられるなどの逸話も残ります。
黒田官兵衛のエピソードクイズ問題
【4択クイズ問題】
Q
黒田官兵衛と共に豊臣秀吉を支え、人質だった官兵衛の子である黒田松寿丸を救出したのは誰でしょうか?
- A. 竹中重元
- B. 竹中重行
- C. 竹中重門
- D. 竹中半兵衛
【穴埋めクイズ問題】
黒田官兵衛は戦国時代の武士であり、数々のエピソードがあります。( ① )の謀反により秀吉軍が窮地に立たされた際、官兵衛は有岡城での説得に失敗し、1年間土牢に幽閉される苦難を経験します。竹中半兵衛とは共に豊臣秀吉を支援し、競争しながらも深い信頼関係を築きました。この関係は半兵衛が官兵衛の息子、黒田( ② )の命を救う行動によってさらに強まり、官兵衛は竹中家の( ③ )の家紋を用いることで感謝の意を表しました。晩年、官兵衛は如水と名を改め、福岡で平和な日々を過ごし、地域の子どもたちと親しくする姿が見られました。一方で、秀吉との間では官兵衛が将来的な脅威と見なされ、豊前へと遠ざけられる出来事もあったとされています。
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